皆様お久しぶりです。前回は竹島の日に更新しましたので、約1年が経過したことになりますね。
今日はとある新しいブログを皆様にご紹介いたします。
朱雀式
本日2月22日は、竹島の日である。
100年前の1905年、竹島が編入されたことを記念して、2005年に島根県が独自に制定した記念日だ。
以来ずっと日本の領土だった竹島だが、1952年に韓国の李承晩が一方的に線を引き、自国の領土であるとして領有権を主張してきた。
現在竹島は、韓国が灯台、見張場、兵舎等を築き、警備員を常駐させて不法占拠を続けている。いや、不法占拠などという生易しいものではない。
仮にも他国の領土(百歩譲って、他国が領有を主張する土地)に、武器を持って侵入し、陣地を築くと言うのは、紛れもなく侵略である。
つまり、今こうしているこのときにも、日本は韓国の侵略を受け、その主権を踏みにじられていると言うわけなのだ!
メディアは今日も竹島の日のことなど一言も触れぬであろう。国家も、いつまでこの重大問題を、国民と島根県にまかせっきりにしておくつもりなのか。
エルサレムの地ではなぜ血が流されるのか?
領土問題は、けだし国家と民族の存亡に関わる重大事なのである。
普通の国ならば、どんなに小さな島嶼であろうと、他国の武装勢力などが侵入したらば、たちどころに戦艦を差し向けてこれを排除するであろう。
それをしないというのは、日本が主権国家でないことを世界に宣伝することにjなってしまう。もしくは、韓国が対等の国家でないことを示しているかどちらかである。
日本国ができるだけ速やかに、かつ毅然した態度でとこの問題を処理することこそが、国民に対する責任であり、国際社会と韓国への礼儀でもあるだろう。
開いた口がふさがらないとはこのこと、一体あのいかさまカルト教団国には、人間としての常識など通じないのでしょうか。
■日本による経済制裁解除を要求
北朝鮮の宋日昊・朝日国交正常化交渉担当大使が9日からの自民党の山崎拓前副総裁との一連の会談で
「ハマグリやマツタケが売れなくて困っている」
「日本の経済制裁は効いていない」
「日本人はおいしいハマグリや
さらに、貨客船「万景峰(マンギョンボン)92」など北朝鮮国籍船舶の日本への入港禁止措置をめぐっても
「日本と往来したくてもできなくなった人がい
「人道上の問題はすぐに取り除かないといけない」
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/korea/34964/
「マツタケが欲しかったら制裁解除せよ」ですか?
いくら日本の道徳や品性が史上最低レベルまで低下したとしても、食い意地のために国家を売り渡すような下劣な人間はそう多くないと思います。人はハマグリのみにて生くるものではありません。
そして次の言葉には、怒りを通り越して呆れ、を通り越して笑い、…をさらに通り越して怒りましたよ。
「拉致よりひどい人道上の問題が起こっている」
「拉致よりひどい人道上の問題が起こっている」
「拉致よりひどい人道上の問題が起こっている」
クリリンのことかーーーッ!
…拉致よりひどい人道上の問題って、私にはホロコーストや原爆、韓国のベトナム大虐殺や中共の通州虐殺、はたまたロシアの大粛清や現在進行形の中共支那によるチベット侵略くらいしか思いつかないのですがどうでしょうか。
たかが貨物船の通行禁止で?
そして、こんな侮辱を受けるためにノコノコ北朝鮮まで言って、非難を浴びて、マツタケをご馳走になって帰ってくるこの男は一体何のために政界で生きているのでしょうか。
この男は、未だに自分が党総裁になったり総理大臣になったりする日のことを夢想していると聞きます。まさか、小泉電撃訪朝のように、喝采を持って迎えられるとか思っていたんじゃあるまいな…。まさに私利私欲のみで動く男、山拓。
賢良なる読者諸兄は、この山拓という変態議員が北朝鮮の走狗であることをお忘れではありますまい。
議員失格山拓は北朝鮮のエージェント-
山拓のヘンタイ伝説-
せめて彼が議員辞職をしてお遍路にでも出かけるまで、この伝説は永久に記憶されなければなりません。
タグ:
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/k1/headlines/20070111-00000014-spnavi-fight.html
桜庭に対しては謝罪の意を表明した上で、
「笑ってまたリング上で向かい合うことができたら」と話した。
もう少しこちらのブログはお休みさせていただこうと思っていたのですが、あまりのことに驚き、あきれ、怒り、こうしてキーボードをとった次第です。
私はかねてから、格闘スポーツ関連の話題が大好きで、ここ数年は大晦日は毎年PRIDE等の地上波放映を楽しんでいました。
(ここのブログでも、格スポ関連の話題をいくつか書いています。芸スポタグ)
しかし、今年は最悪の年明けを迎えました。格闘技の試合やスポーツで、あんな胸糞の悪いものを見せられたのは、生まれて初めてです。アレに比べたら、昨年さんざん騒いだ亀田問題なんて本当に可愛い。可愛い少年でしたよ。
この通称゛ヌル山”こと秋成勲は、格闘競技史上まれに見る、最低最悪の犯罪者です。
この男は、
のです。そして朝鮮マネーで守られた秋は、実際に全てをもみ消され、「桜庭を倒した格闘界のニューヒーロー」として祭り上げられるはずだったのです。
実際に、WEB上のニュースソースは次々と削除されていきましたし、TVなどの主要メディアでこのことが取り上げられることはなく、格闘専門誌『格闘通信』にいたっては、「秋山の勝利に何ら疑わしいところはない!」とするキャンペーン記事まで掲載されていました。
私はほとんど絶望していました。
しかし、時代は我々にインターネットを与えていました。インターネットは、あっという間に証拠が流通し、またたくまに議論が深化し、「2ちゃんねるが騒いでいるだけ(広報)」と流すにはあまりに影響が強くなりすぎました。
しかしそれでもまだ彼らは、
・クリームは故意ではなかった
・グローブは純正品だった
・試合はノーカウント
等と言う、1/4程度のヌルい譲歩で逃れようとしています。こんな撒き餌で騙されるとでも思っているのでしょうか。これは流石に日本人をナメすぎなのではないでしょうか。おめでたい人たちですね。
本来であれば、
あけましておめでとうござます。皆様のご好意に預かりながら長らく当ブログを放置してしまい申し訳ございませんでした。亜細亜訪問記はおいおいどこかで発表します。
今年はマイペースに時事を語っていければ、と思っていますので、お付き合いの程どうぞよろしくお願い申し上げます。
こんにちは。随分と間が空いてしましました。心配してくださった皆様方、どうもありがとうございます。
今、私は仕事で東南アジアを巡りつつ、大日本帝国が残した足跡を片手間に調べています。
現在はバンコクのネットカフェです。日本に帰国して落ち着いたら、少しずつ調査報告をまとめたいと思ってますので、よろしくお願いします。
とりいそぎ挨拶のみにて。ごきげんよう。
先月上旬、シロガネに“ヨン様プロデュースのレストラン”がオープンしたのをご存知だろうか。
ランチ予約は2カ月待ち!「ヨン様レストラン」がオープン
2ヶ月も先まで予約で一杯ということで、かなりの盛況のようだが、その内容が今注目されているのだ。
週刊文春の人気連載に、レストランを紹介するコーナーがある。大抵は80点台、酷評でも70点というこのコーナーで、この“ヨン様レストラン”がなんと最低ランク以下の50点台という低記録をたたき出したのだ。
今回、頼んだのは両班の宴会料理「祝宴床(チャンチサン)」1万5750円だったんだけど、これって円じゃなくてウォン(ほぼ十分の一円)の間違いでは?
ゴージャスな仕掛けが嘘のようなお粗末ぶりに、いやー参った。
手づかみでどうぞと言われた「前菜 大地の恵みの蒸し物」は一口サイズのとうもろこしにツマイモ、里芋、韓国にんにくと枝豆。
同伴者の「田舎の縁側でばーちゃんが喰わせてくれたおやつだよな」に深く納得する。

高矢禮(ゴシレ)
A:料理…14点 B:サービス…11点 C:客層を含めた雰囲気…14点 D:コストパフォーマンス…2点
総合評価 計52点
それぞれ20点満点、合計100点満点
90点以上…ぜひとも常連になりたい
80点以上…ときどきは顔を出したい
70点以上…誘われたら行ってもいい
69点以下…おごりでも行きたくない)
痛いニュース(ノ∀`):白金のヨン様レストラン"高矢禮"
あちゃー、やってしまったな、という感じである。しかし上記のブログの引用やコメント欄を見ていて気になったことがある。
・ドラマのチャングムみると、正直こんな感じだったな・・・なんというか、付け合せばっかりという感じだった。
・朝鮮文化をよーく学べるレストランですね
・当時の宮廷料理のレベルを忠実に再現してるのはわかった。
こんなことを言うのは、あまりに失礼ではないだろうか。
韓国の宮廷料理に?
本当の韓国宮廷料理は、もっと粗末だったのだ! それなのに白金のヨン様レストランに失礼ではないか!
通常の感覚ではこのレストランに驚きを受けるのも無理はないが、多くの人が「宮廷料理ってこんな貧相だったのか」などと、韓国に立派な宮廷料理が存在したことを前提に話しているのだ。中には、ファンタジードラマである『チャングムの誓い』を引き合いに出している人さえいる。
『チャングムの誓い』は、原作者がインタビューに答えて「ドラマは100%フィクション」「料理対決はマンガ『寿司王(将太の寿司)』を見て思いついた」と語っている創作ドラマだ。日本の大河ドラマのように、時代考証をしていると思ったら大間違いである。
―前半部に、宮女たちが料理を作って王様と王妃などに評価を受ける場面がたくさん出ますね。食べ物競演をさせようという考えはどのように思いついたんですか。
『日本マンガ「寿司王」からヒントを得ました。料理に関する日本マンガは全部試合仕立てです。「これは面白いだろう」と思ったんです』
―宮廷で実際にそんな事が起った可能性がありましょうか.
『絶対にありえない事です(笑い)。
まあ、勝負仕立てというドラマの作りはインスパイアということで不問にするとして、問題は料理の中身である。『チャングム』では、宮女たちが腕を競って美しい料理をふるまうが、実際はどうだったろうか。
何せ、『チャングム』の舞台である16世紀から300年も経ち、文化的にも洗練されたはずの19世紀になってからでさえ、勧告宮廷料理は「ただうず高く盛っているだけ」で「臭くて食べられない」ほどのシロモノだったのだ。
以下は、明治9年(1876)に、朝鮮に訪れた、日本の全権大臣による、朝鮮政府から振舞われた料理の記録である。
食事は1日2回で、たいてい10種類から17、8種に至る。三尺四方ばかりの有脚盆にうずたかく盛り上げて、倒れ落ちるのを恐れるばかりである。
牛豚鶏魚の肉、草餅、羮汁など、みな、器、皿に堆積する。しかし臭味がひどく箸を下す者が少ない。
(略)それらが、1人に対して実に10人分程もある驚くべき量であった。
炎熱の時節でもあり、その異様の臭いに堪えきれず、胃腸も慣れないこともあって食傷を恐れて箸を下す者が稀であった。
なお、庶民のものは不潔で食べるべからずと言う。(宮本たちの食事はいわゆる宮廷料理と思われる。なおメニューにキムチは見当たらない。(笑)詳しいメニューを知りたい人はこちらをどうぞ。)
朝鮮国は豊かでないので賓客を迎えるのにふさわしいことが出来ないと言う。それで、人の口腹を飽くまで食べさせることをもって饗応とするらしい。しかし、膳台に種々の物をうずたかく積み上げて出すのを見ただけで、まず人をして飽きさせるものである。
明治開化期の日本と朝鮮(9)
韓国宮廷料理とは言え、なんのことはない、「出すものが無いから、とりあえずあるものを沢山出す」程度の料理だったらしい。臭くないだけ、白金のレストランは大分ましなのではないだろうか。
幻想

韓国宮廷料理
現実


(1970年代の儒教儀式の食饌だが、内容的に近いので参考として。これらが山のように盛られているイメージ)
また、衣服についても注意しなければならない。19世紀の時点になっても、朝鮮には衣服の染色技術がなかった。よって、普通の人々は真っ白な服か、(汚れて)真っ黒な服を着ており、王族など限られた人だけが、支那や日本から輸入した高価な衣服をまとっているに過ぎなかった。
宮廷の服装
明国皇帝

朝鮮王

(そっくりだが、色や龍の数などで下位のランクになっている)
女性の服装
幻想

現実

(この女性が胸を露出しているのは売春婦だからではなく、当時の朝鮮独自の文化。)
宮廷料理がどんなに粗末でも、TVドラマがどんなに嘘まみれでも、別に構わない。その複雑な地理的要因から、歴史上独自の伝統や誇るべき食文化を手にすることが出来なかったのは、朝鮮民族の不幸である。そこから目をそらすために、国内向けに虚構を流布するのは認めよう。私が文句をつける筋合いではない。
しかし、そうした虚構を日本に押し付けたり、日本の反日メディアが流布に加担したり、それによって騙された日本人の資産が朝鮮に吸い上げられていくとすれば、これを許してはならないのである。
その他参照リンク
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こんばんは。
で、こんなニュースを見つけました。
教師を殴る児童…小学校内暴力が最多2018件-話題!ニュース:イザ!
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一昔前、TVドラマ『スクール・ウォーズ』
記事によると、注意した生徒に足を蹴られたり、殴られたりしているらしい。
いや、確かに深刻な問題ではあるが、対処法など考えるまでもないではないか。小学生が教師に反抗して殴りかかってきたらどうするか。
答えは簡単。そんな糞餓鬼は、その場で殴りつければ良い。
大人と子供、体力も体格も圧倒的な差があるのだから、勝負にもならない。普通は大人に大して子供は物理的攻撃をしない。しかし、教師に対してはする。なぜか。教師という存在が、決して子供をなぐったりできない従僕、サービス業であることを子供が見抜いてしまっているからだ。平たく言うと、とことんまでナメられているのだ。
小学生なんてものは、動物園の猿と同じである。ろくに子育てもしつけもされていない今の小学生なら、なおさらだ。彼らは、背景に力関係が存在しないと、服従はしない。服従のないところに、尊敬もまた存在し難い。
殴られると痛いということ、大人は怖いということ、自分は無力であること、これらを小学生のうちに学ばないで、いつ学ぶというのか。本来これらは家庭でのしつけの範疇ではあるが、親がそれすら放棄するならば、学校がそれをも担うしかない。
しかし、今は教師が生徒を殴ると、事件として処罰されてしまう時代である。親もPTAも騒ぐ。昔は、「子供が先生に殴られた」なんていったら、「うちの子が何ぞ悪さでも…」と親が謝るくらいだったものだが…。
まずは、教師の体罰を絶対悪として批判する風潮を、まず何とかしたいものである。いや、その前に教育者として真に優れたエリート教師を育成するほうが先かな…。最近は小学校の先生も盗撮したり売春したりで大忙しだからなあ。
とりあえずは、教職課程に「護身」「捕縛」「殴り方」などの科目を増やすか。
(そうしないとこういうやりすぎの教師が出てくる。

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意味がよく分からないのですが、韓国人の男性が青いハンカチでポーズをとって満面の笑みです。
韓国の“ハンカチ王子”です イ・ボムスが襲名
韓国俳優のイ・ボムス(36)が主演映画「スーパースター★カム・サヨン」の初日舞台あいさつを都内で行なった。実在した韓国プロ野球投手の物語で“野球つながり”とばかり入場者に、早実・斎藤佑樹投手(18)で話題の青いタオルハンカチを配布。本人も例のポーズを決め、“韓流ハンカチ王子”を襲名した。
<サンケイスポーツ>
韓国は、国家的ストーカーとして、日本で流行ったことはいち早く取り入れるのがお国柄です。
2002年の蹴球世界杯を、懐かしく思い出しました。
参照:世界が見たW杯
それにしても、日本メディアはいつまで韓国映画を日本で封切ったり、主演俳優を招待して記者会見を行なったりし続けるつもりでしょうかね。
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親王殿下誕生に関する不適切な記事によって、乙武氏のブログが“炎上”している。
彼は、親王殿下のご生誕が報道されると、すぐさまこんな記事を上げた。
乙武洋匡公式サイト:
世間は昨日から「めでたい、めでたい」と騒いでるけど……
ひとつの命が誕生したことがめでたいの?
それとも誕生した命が「男児だったから」めでたいの?
どちらにしても。
これで、また大事な議論は先送りにされてしまうんだろうなあ…。
これは不敬である。この文章からうかがい知れるのは、彼が女系天皇容認論者であるということ、文章で食っている自覚も能力もない人間であるということのみである。
当然ながらこのブログは大炎上し、乙武氏は謝罪エントリをあげるのだが……。
むしろ、僕は親王のご誕生を「おめでたいこと」「よろこばしいこと」だと思っています。それは、性別の如何を問わず、ひとつの命が誕生したことを「よろこばしい」と思っているのです。
ところが、ご誕生を受けてのマスコミ報道や世論には、少なからず「男の子でよかった」という風潮が感じられました。そのことに、僕は抵抗を感じてしまったのです。
男であろうが、女であろうが、皇室であろうが、民間人であろうが、命の重さは等しく、尊ばれるもの。
どんな命でも尊いはずだ。
最後に、僕と同様の疑問を感じていた友人からのメールを紹介させてください。
「テレビで『親王以外にも今日生まれた子おめでとう!!
全然謝ってNeeeeeeee!!!
この人はまがりなりにも文筆で食っていながら、このような知識も覚悟もない繰言を本気で書いているのだろうか。
彼の親切な知人たちはあまりはっきり言わないかもしれないので、私が代わりにはっきりと言おう。
当たり前のことだが、命の重さには差がある。
ひとつの命が誕生したことがめでたいのは猫でも分かることだが、それが皇孫だから余計にめでたく、しかも男子だったからなおさらめでたいのだ。
皇統の廃止をもくろむ不敬な勢力が、皇室の権威を損ねようとして、ことさら「何がそんなにめでたい」「男子でも女子でもいいじゃないか」といい、「民間の子供だって等しくめでたい」とまで言い募っているが、そんなわけがないではないか。
男子の方がめでたいのは、その誕生が皇統の継承を意味するからだ。そして、生まれながらにして日本の未来の象徴を背負うべき特別な命が、市井の子の命と等価であるわけもない。
思うに、「どうせひとつの命だろう」という生命相対主義論者は、自分の命と引き換えにしてでも守るべきと思える対象はいないのだろうか。もしいないのだとしたら、それはとても不幸なことであり、実に粗末な生であろうと同情する。
当時、GHQはテンノウの処刑というのを決定しており、あとは東京裁判で殺すか、日本共産党に人民裁判でもさせるか、方法を選ぶのみ、という状態だった。
マッカーサーは、当然テンノウが命乞いをしに来たものと思い、ソファにふんぞり返ったまま、目の前にたった小柄な男を見ていた。
しかし陛下は、こう仰せられた。
戦争に関する一切の責任はこの私にあります。
私の命においてすべてが行なわれました限り、日本にはただ一人の戦犯もおりません。
絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処されても、いつでも応ずるだけの覚悟はあります」
「天皇とはこのようなものであったか!
と感嘆し、以降何かと便宜を図ったという。
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追記:
ただ、
「その瞬間」は、意外な形で迎えられた。「かわいい」母の口をついて出てきた言葉は、そこに居合わせた人々の予期に反するものだった。泣き出し、取り乱してしまうかもしれない。気を失い、倒れ込んでしまうかもしれない。そういった心配は、すべて杞憂に終わっ た。自分のお腹を痛めて産んだ子どもに、1ヶ月間も会えなかったのだ。手足がないことへの驚きよりも、やっと我が子に会うことができた喜びが上回ったのだ ろう。- 生後1ヶ月、ようやくボクは「誕生」した。
とその著書で述べている乙武氏の、人命に対する根本的態度には、共感こそ出来ないが理解できる部分はある。彼はおそらくこう続けたかったのだ、「五体満足だったからめでたいの?」と。



by lene
チャングムの嘘 韓国に宮廷料…